東京地方裁判所 昭和51年(特わ)547号 判決 1976年11月02日
主文
被告人を懲役三月及び罰金二〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から一年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 厚生大臣から医療用具製造業の許可を受けた者でないのに、昭和四九年九月初旬ころから同五〇年一二月七日ころまでの間、山梨県甲府市中央一丁目一二番三五号の自宅において、業として、他から仕入れたポンプ、吸角等を組立て、医療用具であるハマダ吸圧器と称する医療用吸引器合計四九一セツトを製造し、
第二 別表記載のとおり、昭和四九年九月一三日ころから同五〇年一二月七日ころまでの間、八一回にわたり、東京都渋谷区桜丘町二六番五号有限会社三樹園社築田多吉商店(取締役築田収)ほか四個所において、同社外四名に対し、前記医療用具製造業の許可を受けないで製造された医療用具であるハマダ吸圧器と称する医療用吸引器合計四九一セツトを代金合計五二一万二、〇五〇円で販売し
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は薬事法一二条一項に違反し同法八四条二号に該当し、判示第二の所為は包括して同法六四条、五五条二項、一二条一項に違反し同法八四条一二号に該当するところ、いずれについても同法八四条後段に則り懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑につき同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役三月及び罰金二〇万円に処し、右罰金を完納することができないときには同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は(1)被告人の所為は構成要件該当性を欠く、すなわち、薬事法施行令別表第一器具器械三十二の「医療用吸引器」は厚生省薬務局長からの通知によれば、低圧を持続して吸引する手術用の器械器具とされているのであり、また「医療用」とは、同施行令別表中の「家庭用」「歯科用」に対するものでもつぱら医療関係者によつて使用されるものを示すと解すべきところ、本件吸圧器は古来から伝承されて来た「すいふくべ」又は「吸角」と呼ばれる民間療法の用具を改良して発展させたものであつて、構造は簡易であり、吸引力が微弱で、吸引は非持続的であるうえ、瀉血、放血等の観血療法に用いると直ちに故障をきたしてしまう構造になつていて、もつぱら非観血療法に使用されるものであり、手術用の器具ではなく、危険もない一般家庭用のものであつて前記「医療用吸引器」に該当しない(2)仮りに本件吸圧器が薬事法所定の医療用具に該当するとしても、被告人は本件吸圧器が医療用具に該当するとの認識を有しなかつたので故意が阻却されると主張する。以下これら主張の点につき検討する。
まず(1)の点について。前掲各証拠によれば、本件ハマダ吸圧器は吸角を皮膚に当て、手動ポンプによつて吸角の中の気圧を低下させ、これによつて皮膚を盛上らせ身体の表面に血液を吸い寄せ、いわゆる「浄血」作用を行い、あるいは皮下隘血を生じさせ、これにより高血圧、動脈硬化症、心臓病等の他、各種消化器疾患、婦人病、神経痛等の疾患の治療を目的とするものであることが認められ、この事実によれば本件吸圧器は通常の用語例における「医療用吸引器」といいうる構造と機能を有するものと考えられる。そして、同様の原理にもとづき、基本的には同様の構造をもつ黒岩東吾考案の器具(以下「黒岩式器具」という)について、昭和四一年ころ医療用吸引器として製造業の許可が与えられたこともまた前掲各証拠によつて認められるのである。
ところで、たしかに、本件吸圧器は旧来の民間療法の用具を改良発展させたものであり、構造も比較的簡易であるうえ、黒岩式器具に比べると、吸引力が低く、いわゆる浄血療法(非観血法)に使用することを本来の目的としていてもともと瀉血、放血による治療を予定した構造にはなつていないとの違いのあることが認められる。しかしながら、本件吸圧器は、手動式とはいえポンプを使用し、体表に密着するプラスチツク製の吸角を用いるものであつて、コツプの中でアルコールを燃焼させると同時にこれを皮膚に当てる伝統的民間療法に比べて、吸引力が格段に強いことは明らかで、吸引によつて相当の皮下隘血を生じさせることはむしろその効果とされているところであり、その人体に及ぼす影響が大きいことは容易に推認しうるところである。さらに、押収してある小冊子「吸圧療法の研究」(昭和五一年押第一一五七号の一)の中で、被告人が心臓の弱い人など特定の症状や状態にある者に対して詳細な使用上の注意を与えていることからも認められるとおり、本件吸圧器が、用い方によつては人体に悪い作用を及ぼす危険は十分にあると考えられる(なお、本件吸圧器の目的と構造が前記のとおりであるとはいえ、観血療法に用いることが不可能というわけではなく、この点も考えるとその危険性は一層大きいといえる)。したがつて、国民の保健衛生、健康保持の観点から、本件吸圧器に対し法的規制を加える必要があることは明らかである(なお、薬事法施行令別表第一器具器械三十二の「医療用吸引器」の「医療用」の意味を弁護人の主張するように狭く解さなければならない根拠はない。また厚生省薬務局長の通知の中で「医療用吸引器」が手術用のものに分類されていることはうかがわれるけれども、それが、本件吸圧器のような器具を取締運用から除外する趣旨のものとはいちがいに解せられないばかりでなく、右通知中でかりに右のような解釈がなされていても、これに裁判所が拘束されるものでないことは多言を要しないところである。)。
以上を総合すれば、本件吸圧器は結局右「医療用吸引器」に該当するものと解するのが相当である。
次に(2)の点について。前掲各証拠を総合すると被告人は昭和二四年ころ、山梨県庁医薬課で、本件吸圧器が「あんま器に類するものであるから届出はいらない」といわれたのでそのまま製造販売、改良を続けてきたところ、前記のとおり昭和四一年ころ黒岩が本件と同様の吸引器につき製造業の許可を受けたことを聞き及び、再び同県庁を訪れて厚生省への製造業許可申請手続の説明を受け、右申請手続を本件吸圧器の部品の製造元である大浩医療器製作所の村田浩に依頼して奔走してもらつたがいつこうに進行しないうち本件に至つたこと、その間、被告人が本件吸圧器のパンフレツトに大浩医療器製作所の器具の承認番号を記入したり、甲府保健所に吸圧器の販売届を提出したことが認められ、これらの事実に徴すれば、被告人は本件吸圧器が犯行当時薬事法所定の「医療用具」にあたるのではないかとの認識を有していたものと推認され、すべての事情を総合して、少くとも被告人が本件吸圧器を「医療用具」に該当しないと考えるにつき相当な理由はなかつたものであることが明らかである。よつて被告人・弁護人の右いずれの主張も採用できない。
(量刑の事情)
本件犯行、長期間多量に吸圧器を無許可で製造販売して相当多額の販売利益をあげていたもので、薬事法の趣旨、取締目的に鑑みその犯情必ずしも軽いとはいえないが、本件吸圧器の構造、性能からして、その危険性は電動機を用いる構造のものよりも少なく、長年研究改良を重ねたことが認められること、許可申請手続がかなり複雑で容易でなく、被告人としても許可を得るため一応の努力をしたことがうかがえること、被告人に前科はなく、今後の慎重な行動が期待できること等有利な事情を考慮して前記の刑に処するのを相当と判断した。
よつて、主文のとおり判決する。
別表
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